隠居たるもの、ちょっくら近所に顔を出す。東京都現代美術館で昨年の11月14日から開催されている、石岡瑛子「血が、汗が、涙がデザインできるか」展が、来週の2月14日で会期を終える。日々に前を通りかかるほどに近くで暮らしていながらも、流行り病をめぐる世情がどうにも落ち着かず、不義理を働き気がつくと残る日数があと10日ほどとなっていた。平日ならば空いてもいよう、そう目論んだ今日2月2日火曜日、当然に入場人数に制限が設けられている今般の状況下、インターネットで午前10時30分入場の事前予約を入れて足を運んできた。

石岡瑛子とは

展示されているものの写真をお見せすればすぐにわかるのに、日本の美術館というのはしみったれで写真撮影を許可することがほとんどない。東京都現代美術館のホームページから、そこに掲載されているプロフィールをそのまま、そしてみどころの一部を引用してみる。

  • 石岡瑛子(いしおかえいこ) 
    1938年東京都生まれ。アートディレクター、デザイナー。東京藝術大学美術学部を卒業後、資生堂に入社。社会現象となったサマー・キャンペーン(1966)を手がけ頭角を現す。独立後もパルコ、角川書店などの数々の歴史的な広告を手がける。1980年代初頭に拠点をニューヨークに移し、映画、オペラ、サーカス、演劇、ミュージック・ビデオなど、多岐にわたる分野で活躍。マイルス・デイヴィス『TUTU』のジャケットデザインでグラミー賞受賞(1987)、映画『ドラキュラ』の衣装でアカデミー賞衣装デザイン賞受賞(1993)。2008年北京オリンピック開会式では衣装デザインを担当した。2012年逝去。

Timeless, Original, Revolutionary… 時代を切り拓き、境界を横断していくクリエーションの力
前田美波里を起用したデザイン史の金字塔とも言うべき資生堂のポスター(1966)や、1970-80年代のパルコの広告などの一連の仕事において、石岡瑛子は、解放された女性像を提示し、東洋と世界の諸文化を対照・混合させながら、新しい時代を切り拓いていきました。1980年に海外に拠点を移してからは、「サバイブ」を口癖に困難に立ち向かい、あらゆるデザイン領域に挑戦していきます。「Timeless, Original, Revolutionary」の3つのテーマをデザインの根幹に掲げ、「私」の可能性を拡張し続けた石岡瑛子の仕事は、2020年の現在を生きる私たちに力強いメッセージを投げかけるはずです。

パルコのポスターは、恐る恐る渋谷にも出向くようになった私たちに鮮明な記憶を残している。今から思えば、まだ飲食店に頻繁に出入りできるほどには歳を重ねていない、ただウロウロしていただけのやっとこ思春期の私たちに、当時の渋谷を象徴し想起させるのは石岡瑛子のグラフィックだ。

そこには“熱”がそそぎこまれていた

「ああ、あった、あった…」と展示されたポスターごとに記憶を蘇らせる。あれからずいぶんと経った今に見ても、いや反対に今この歳になったからこそわかるのかもしれないが、一枚一枚に、胸ぐらにつかみかかってくるような“熱”が、ポスターの限られたフレームに凝縮してそそぎこまれている。ジェンダーだったり、エスニシティだったり、「こうあるべき」という同調圧力だったり、抑圧されたものからの“解放”がそこにある。高度経済成長からバブルに至るまでの「あの時代だからこそのデザイン」なのかもしれないが、垂れ込めるこのところの閉塞感を打破するには、スカしていたり「お馬鹿」なだけではない、こうした「憤懣」ともみまがうエネルギーが必要なのではあるまいか。あらためてそう感じた、少し興奮する午前であった。

2階のサンドイッチのテラスでランチ

デザイン系の展覧会には、やはりそういう風情のお客さんが集う。なんでもないpatagoniaの綿入ジャケットを手に持つ私の横に、Y’sで黒く固めた背の高い女性が並んでいたりする。朝に降っていた雨はすっかりとやみ、気温も上がってきたから2階のテラス席で気持ちよくサンドイッチを食すことにする。現代美術館らしく、屋外にも前衛的なアンビエントミュージックが漂う。「マイルス・デイヴィス『Tutu』より後の仕事は少々つらかったね(ビョークのMV「コクーン」を除く)」などとつれあいと話す。「仕事を通じて自分を作る」働き者の彼女が、大仰な映画のコスチュームやオリンピック閉会式の舞台衣装などを引き受け、晩年になってもやまれず「仕事をするために仕事」をしている、そんな風に思えてどこか痛々しく私には感じられたのだ。そうした類の映画や舞台はそもそもからして好きではない…。

「ごめん、よく聞き取れなかった…」

入場口で、事前にメールで送られてきたQRコードを係の女性に示す。彼女は入場券を差し出しながら何か一所懸命に話してくれるのだが、マスクをしている上にフェイスガードをしていて、おまけに2人の間にアクリル板まであるものだから、漫然と聞いていた私にはなんのことやらさっぱりわからない。謝って聞き返してみると「このチケットには常設展の入場券も含まれているのですが、今、常設展は閉鎖となっております。3月7日(緊急事態宣言の解除を見越しているのだろう)の後にこのチケットは有効に使えますので、よろしければ保管しておいてください」とのことだった。ワイドショーかなんかで「年配の男性がスーパーで突然にキレて、レジ係との間にあるビニールのシートを暴力的に剥ぎ取る」という映像を、そのおじさんを非難しながら放送していたのを以前に見たことがある。こういうことだったのか。おじさんは、耳が遠いから遮られてよく聞こえなかったんだ…。新型コロナ禍が長引けば長引くだけ、おじさんのストレスはやりきれないほどにそこかしこでつのっているのだろう。番組につられておじさんを非難していた自分を恥じた。「憤懣」ともみまがうエネルギーを、こんなところで意味もなく小出しにしてはいけない。まだまだ先は長い、石岡瑛子に学ぼう。ああ、もうすぐ隠居の身。「憤懣」ともみまがうエネルギーをスポイルしてはいけない。

参照:東京都現代美術館ホームページ https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/eiko-ishioka/ 前田美波里のポスターはORICON NEWSから引用 https://www.oricon.co.jp/photo/5703/267449/ パルコポスターはノストスブックスの中野さんの記事から引用 https://nostos.jp/archives/113644

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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