隠居たるもの、ときには心を鬼にする。2022年3月23日から26日、私は30歳を少し過ぎたばかりで25歳ほど年下の中高サッカー部後輩を4日にわたった合宿でシゴキぬいた。といっても身の程はわきまえているから、比べようもなく上手な彼に「サッカーの手ほどき」をしたわけではない。後輩とはメロン坊やの父親にして姪の旦那のことで「よろしければ稽古をつけてくれないだろうか」とばかりシーズン終了間際の白馬訪問日程を打診してきたのだ。そう、それすなわちスノーボード。私はマンツーマンでみっちりともんでやった。
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TOTAL SNOWBOADING
私たち夫婦の影響か、彼と生活を共にするつれあいの姪はスノーボードをする。子供のころ一度やらせてみただけなのに、プロフィールに堂々と「趣味:スノーボード」とちゃっかりいつしか記載するようになった。大学に進学するとスノーボードサークルに加入、名実ともにスノーボーダーに成長する。一方、旦那となったサッカー部の後輩は「これまでにつきあいで一度だけ転がってみたことがある」と言ってはいたが、さほど興味があるわけでもなさそうだった。それが今年2月の3連休に散種荘を訪れた際、「自分も滑る」と道具一式をレンタル、実際にぎっくりばったり壮絶な転倒を繰り返す奮闘を見せた。
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そこに「本気」を見てとった私は、体力があった若い時分に力づくで乗っていた、しかし今の私にはロングすぎるお古のボードを、身長が高くジャストサイズな彼に進呈することにした。しかも3月半ばは彼の誕生日、「イメージトレーニングしたまえ。オジキとオバキより」とのメッセージを添えて、「TOTAL SNOWBOADING」という教則本までプレゼントした。引くに引けなくなった後輩は、勢い余って自前のブーツとビンディングを買い揃えて、シーズン終了間際ギリギリの白馬に再び乗り込んできたのである。すなわち「マジ」なのだ。
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「ここまで環境を整えられたらもう避けて通れない」
「みんなスノーボーダーで、行こうと思えばいつだって行ける散種荘があって、ここまで周囲の環境を整えられたらさすがにもう避けて通れない」と後輩は語る。これからどんどん大きくなる息子には季節のレジャーも必要で、近い将来スノーボードを始めることも充分に考えられ、そうしたら自分だけ取り残される、「人間は考える葦」であるからそんなこんなを考えて意を決したのかもしれない。幸いなことこの冬は雪が多く、3月も末だというのにまだまだいける。3連休をからめた金沢家族旅行の後ろに後輩がようやく取れた遅い冬休みをくっつけ、北陸新幹線を糸魚川で下車してローカルな大糸線に乗り継ぎ、ご一行は22日16時37分に白馬に降り立った。便利な世の中になったもので、休めない姪はパソコンを駆使して散種荘でリモートワークに励むという。同じく仕事の都合がつかないつれあいが合流するのは25日からだ。しかし任せておきたまえ、一人でホストの役を果たしつつ、期待に応えてゲレンデでは鬼軍曹ともなろうじゃあないか。
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いいか、スノーボードってえのは
「いいか、スノーボードってえのは、重心をかける、重心を抜く、行きたい方向にボードを向ける、結局はそれだけの単純なもんだ。実のところその3つの強度やタイミングを局面に合わせてそれぞれ適切に組み替えているに過ぎない。慣れないことで怖いからへっぴり腰になるのは当たり前だが、しかし悲しいかなボードの中心の真上に腰が立っていないと板は少しもいうことを聞いてくれない。そして身体が覚えない限り、理屈を完全に理解することもできない。だから最初はとってもつらい。しかしなんとなくでも理屈をかじっていれば、少しずつだがチャレンジはできる。そして気がつけば怖くなくなっていて、いつの間にか滑れるようになっている。すると楽しくて仕方ない、そんなもんだ。」私は後輩にそう指導し、今合宿で到達すべき目標を「安定した斜滑降から踵サイド・つま先サイドの双方でターンができる」という点に定めた。
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あれ?ボードの中心にすっくと立てているじゃあないか
背が高いものだから転び方にどこか壮絶な華がある。ボードが折れちゃうんじゃないかとハラハラもした。最初のうちは転倒の原因を逐一教示するが、上手じゃないうちはべったりくっつかれてあれこれパーパー言われると「それができねえんじゃねえか…」と嫌んなっちゃうものだ。「ここまでできるようになればもう危険ではない」と判断したところで、チャレンジすべきワンポイントを伝えてから私も他のコースに遊びに行くようにした。しばらくして戻るとへっぴり腰がシュッと伸びて、ボードの中心にすっくと立てている。リフト一本ごとに着実に上達している。そんな風にレッスンが進んだ合宿2日目の帰りがけ、「なんか楽しくなってきました。これもオジキのご指導の賜物です」と嬉しいことを言ってくれる。
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「大叔父、ボクに雪かきを教えてください」
ワーケーションをしている姪に一日中メロン坊やの面倒を見させているわけにもいかないから、朝に繰り出した私と後輩は昼を過ぎたころ散種荘に戻る。そして12月から4ヶ月半にわたって雪に侵略され続けていたウッドデッキを奪還すべく、私たちは雪かきに取り組む。するとメロン坊やが「大叔父、ボクに雪かきを教えてください」とまなじり決した顔で直訴する。私は積雪の表層と深層の相違について伝授した。固い氷と化した深層部はびくともしない。それを緩めるためには、まずサクサクした表層から少しずつ切り崩し、深層部に外気を感じさせる必要がある。私たち男3人は二日かけてウッドデッキを完全に奪還した。その夜、疲れ切ったメロン坊やがぐっすり眠るその横で、サッカー部の先輩後輩である私たちは、サッカーW杯最終予選のオーストラリア戦をDAZNで観戦した。
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今シーズンの合宿はこれにて終了
合宿最終日は合流したつれあいも含めて一族郎党で五竜スキー場に出向いた。つれあいも姪も目標を達成した後輩の上達ぶりに驚く。合宿は打ち上げられたが、楽しくなったからには来シーズンも彼はボードに乗るだろう。次回の合宿の目標は「連続ターン」だ。そしてメロン坊やもこう宣言した。「来年はボクもスノーボードでシューする」ああ、もうすぐ隠居の身。鬼軍曹は忙しくなりそうだ。
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