隠居たるもの、まとわりつかれて喜びを得る。2021年11月27日、北風が吹きこみ東京も急激に冷え込み始めた昼下がり、私とつれあいは宇都宮に向かうべく清澄白河駅に足を運んでいた。東京メトロ半蔵門線14時16分発東武線直通久喜行きに乗車し、終点の久喜でJR宇都宮線に乗り換え、16時21分に雀宮駅で降車する。在来線を利用する2時間5分の旅だ。あちらではお義兄さんが迎えに来てくれる。こうして宇都宮のお宅を訪ねるのも2年2ヶ月ぶりのこと、積もる話はいっぱいあるし、なかなか会えずにいる二人の姪孫と対面するのも楽しみだ。私の右手には、手土産「創業320年 日本橋 神茂のおでん」たっぷりの保冷バックが下がっていた。

1歳と2ヶ月の姪孫がニンマリと笑う

3歳6ヶ月の女の子と1歳2ヶ月になる男の子、二人の姪孫が宇都宮で暮らしている。2年2ヶ月前の訪問以後、世情は新型コロナ一色、顔を合わすことすらままならなくなった。上のお姉ちゃんの記憶におそらく私たちは残っていないだろうし、下の男の子にいたっては顔を合わせるのがやっとのこと今回が2回目だ。しかし、この子たちとは後でたっぷり遊ぶとして、まず重要なのはお義兄さん夫婦とじっくり積もる話だ。そのためにチョイスしたのが伝家の宝刀 神茂のおでん。前日、月に一度のコンドーくん(日本橋KIZUカイロプラクティックANNEXの院長先生)詣でのついでに買い込んでおいた。「子供たちに神茂のおでんはまだ早かろうが、子供が好むものは別途用意するとして、ふんわりしたはんぺんを申し訳程度に食べさせておけばどうにかカッコはつく」などとタカを括り、実際に子供向けにはつれあいがケーキを用意、それがどうだ、1歳2ヶ月の男の子が選んだのは神茂のはんぺんだった。

彼は神茂の練りものにぞっこん

「味」を感じるのは、舌や軟口蓋にある「味蕾(みらい)」という器官だそうだ。味蕾の数は乳児期には約1万個、ほっぺたの内側や唇にも存在しているという。それが成人になると7,500個ほどに減少する。赤ん坊は大人よりも実は微妙な味の違いがわかっている、ということだ。この時期にきちんと味蕾を刺激し機能させておくと、成人になっても失われない繊細な「味覚」が形成されるとも聞く。上の写真は連続して撮影した2枚である。この日、少し熱っぽい彼は、あまり食欲がなかった。なのに、品のいいおでんだしで煮た神茂のはんぺんを食べさせてみたところ、この満面の笑みである。食べさせてもらうのを待つのも煩わしいのか、それから手掴みであっという間に大きなはんぺんの半分を平らげた。熱が下がった翌日、やはり煩わしいのか鷲掴みで、他のものには目もくれず、神茂のさつま揚げをむさぼり食べた。もし将来、君が腕のいい料理人になったとしたら、そのきっかけとなったのは大叔父に食べさせてもらった神茂のおでんかもしれない。それを忘れるではないぞ。

大叔父は「おやじ」であるが「おじいさん」ではない

宇都宮の二人と東京のメロン坊や、私たちには3人の姪孫がいる。メロン坊やが2歳2ヶ月だから、宇都宮の女の子を筆頭に3人の年子という感じになる。そしてお姉ちゃんは姪孫軍団の年長者、リーダーとしての自覚が強い頼もしい子だ。しかし、この2年2ヶ月の間に私たちとは一度しか顔を合わせたことがない。最初はじいっとうかがっていたが、お風呂に入ってさっぱりしたあたりから「身内」と納得したみたいで、持ち前の愛らしさを全開にする。翌朝、私が使わせていただいた布団を畳んでいると「遊んで」オーラを漂わせて絡んできた。将来は新体操の選手になりたいというから、「これは練習だぞ」と告げて、布団に仰向けに寝転ぶ彼女の両足首をつかんで逆さに吊り上げ、180度回転させてうつ伏せに布団に下ろしてみた。奇声をあげて喜び、子供らしいしつこさで何度も何度もせがむ。日頃から真面目にスポーツジムに通っていた甲斐があろうというものだ。私のことを「大叔父」と呼ぶよう教えられる彼女、だけどもそんな言葉は聞いたこともないし意味もわからない。「おおおじ」と概ねは呼んでくれるものの、意味もわからない単語を発するのが難しい年頃になってしまった彼女は、つい間違えて「おやじ!」と口にしてしまったり、「おじいさん?」と少し首を捻ったりする。私は「おやじ」であることに間違いはないが、まだ「おじいさん」ではない(つもりだ)。そんな姪孫に、つれあいは自分の兄を指さしつつ「おじいさんはこの子だよぉ!」と突っ込んだ。

「痛いんですけど」

先日、東京の我が庵でメロン坊や御一行と食事をともにした時のこと。私たちはともに出向いた熊本のことを「そしてお義父さんがさ…」などと話し思い起こしていた。しばらくそうしていたらメロン坊やが憤然と話に割って入ってくる。そして自分の父親(私のサッカー部後輩)を指さし、「おとうさんはこの子だよ!」と私たちを嗜める。私たちは「はい、おとうさんはこの子です」と痛快に笑った。私たちが宇都宮に出向いた11月27日、メロン坊やは保育園の発表会の舞台に立っていた。送られてきた動画を拝見するに、お猿に扮して「ウッキー」とポーズを決めたり軽く踊るはずの彼は、まったくもって微動だにしない。さすが近所で暮らし、日頃から大叔父の薫陶を受けているメロン坊や、そう簡単に「踊らされない」のだ。聞いた話だが、2回目のインフルエンザ予防接種の際、自身の腕に注射針を立てる医師に向かって、眉間にシワを寄せて「痛いんですけど」とのたまわったそうだ。相変わらずキレがいい。姪孫軍団は三者三様で面白い。

ラブ&ピース

28日の朝、宇都宮はとても冷え込んだ。少し和らいでから私たちは散歩に出かけることにした。姪孫軍団のリーダーに行き先を尋ねると「森」に行こうと私たちを誘う。保育園が遊び場にもしている近所の雑木林のことだ。彼女は目をクリクリさせて私たちに遊ぶ姿を披露してくれる。名残惜しい、しかし私とつれあいはそろそろ東京に帰らないといけない。楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、そのために支度を始めて帰路に着くまでが慌ただしくなってしまった。その展開を予想しておらず飲み込めなかったリーダーは、ニッコリ手を振って私たちと別れた後に「なんであのふたりはかえってしまったの?もっといればいいのに…」と何度も何度もお義姉さんに問いただしたのだそうだ。情が深く愛らしい子だ。また近いうちに一緒に遊ぼう。オミクロン株はいったい全体どうなることやら…。ああ、もうすぐ隠居の身。リーダーのメッセージを代弁しておこう、「愛と平和」だ。

参照:「冬に一度は日本橋 神茂のおでん」https://inkyo-soon.com/kanmo/ 「日本橋 神茂のおでんで山桜の花見と洒落こむ@白馬 散種荘」https://inkyo-soon.com/open-cherry-blossom-viewing/

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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