隠居たるもの、新たな定席に座を占める。2026年7月19日の朝のこと、大阪から遊びに来てくださった大学の先輩二人を前にして、私は恥ずかしながら大いに自慢をしていた。全荷物の搬入と整理が終わったばかりの離れの一階、つまりは新しい書斎をである。「ふふふ、いいでしょう」「うん、これはいい」「少し狭いくらいのこの間取りがまたちょうどいい」などと60代の男3人は語り合う。離れがようやく完成したことは前回このブログでご報告したが、それから8日半というもの、私たち夫婦は母屋のリビング、はたまた物置、ほんの少しだけ寝室、それぞれに分散し積み上げていた荷物をせっせと(なおかつ腰がやられないよう恐る恐る)運び込んでいた。あるべきものがそこかしこにみっちり収納されてみると「完成した」という実感は否が応でも増すばかり。そこに客人が訪れたのだから自慢したくなるのは人情というものだ。

どこに何があるか瞬時にわかってこその「My本棚」

 何が大変といって本棚に順序立てて本を収めることが大変なのである。本が詰められていた段ボールは全部で21箱、前の書斎の並びに合わせて①②とそれぞれ順番に番号をふってはいる。しかし本というのは大きかったり小さかったり各々サイズが違うもの、そこに加えて引越し用の段ボール箱に合うようあらかじめ規格が決められているなんてこともない。だからそのままで礼儀正しくきちんと収まるはずなどなく、どうしたって対処に困る凸凹な隙間ができる。とはいえそれを放置したままだと箱内で暴れて安全に運べない。それゆえ不揃いな隙間を埋めるべく適当な本を、あっちからこっちから持ってきているうち自ずと「順番」は混沌とする。それゆえ箱を開けてみると、確かに「私の本棚」から出た「男系男子」であることに違いはないが、室町時代にまで遡らなければつながらない「赤の他人」のような本が段ボール①に公然と混じっていたりする。どこに何があるか瞬時に私がわかってこその「My本棚」だ。入り乱れた順番をあらため正しく構築し直さなければならない。21箱ともなるとこれが難儀なのである。搬入しては並べ替え、その度に腕を組んでしばし黙考、果たして「期日」までに終わるのか、何度も途方に暮れた。

「手違い」というものは必ずや出来する

 そして「手違い」というものは必ずや出来(しゅったい)する。もう少しで完成という段になって机の上部にこしらえる本棚に当初希望していた高さを確保できないことが不意に判明したり(工務店の社長が頭をかきながらぽつり「なんでそういうことになっちゃたのかわかんないんだけど」と白状した)、また、収まることをまるっきり疑っていなかったのに搬入作業をしているうち「CDや本をすべてこの部屋に並べることなどどうやっても不可能」とはたと気づいたり…。前者についてはもちろんダウンサイジングせざるを得ず、当初に考えていた本の並べ方をそれに合わせて臨機応変に変更しつつ対応することとした。後者のふたつ、CDについては母屋に持ち込み階段周りの棚に並べる数を増やすこととし、本については段ボール1箱半から2箱相当分をやむなく処分することにした。ありがたがって無闇にするものとは今も思わないが、必要に迫られて為す「断捨離」というのは意を決してみればなかなかに清々しいものではある。

什器備品を整える

 母屋のステレオセットからは滑らかで奥行のある音が流れる。ここ離れの書斎に組み合わせたセットからはシャープでキッレキレな音が出る。スピーカーは四半世紀にわたって苦楽をともにしてきたJBLだ。そいつらを収めるオーディオラック、離れを建てるついでに大工さんにこしらえてもらった。深川から持ち込んだ水玉のアンティークのオットマン、ひょんなことから私たちのものとなったアート作品、これらもこの書斎に引越してきてなんだかとっても映える。机や本棚を照らすよう自分で探しインターネットで購入した3個のスポットライト、これらにねじ込む電球は色も明るさもリモコンで設定できる優れもの。天井のダウンライトに合わせてそれぞれしっくりくるよう調整も済ませた。そして雰囲気ぴったりのブラインドがすでに取りつけられている。「してやったり」、つまりそんな心持ちなのである。

2階だってぼちぼちと

 幅2.3mで奥行0.55mそれでもって厚さ3㎝くらいの長細い集成材の板があった。材木商を営む中高サッカー部の同級生が結婚祝いにとかつて贈ってくれたものだ。そこに東急ハンズで買い求めた脚を自分たちで取りつけて、最初は間借りしていた部屋のリビングに置くロングテーブルとして、その後はつれあいの作業机として、私たちは日々に長らく愛用してきた。しかしそれほど大きくもない離れに、テーブルにしろ机にしろ幅2.3mにおよぶ板を置くスペースなぞない。ではこの際に「断捨離」したのかというと、いくつか傷もついてたっぷりと愛着がこもった代物をそうそう簡単に手放すわけはない。もちろんのこと引越しの荷物に含めている。ただし形状は変えての話だ。真っ二つにした上でくっつけて、ほぼ正方形の天板となるよう材木商の同級生に細工してもらったのである。同時に脚の取りつけ口も四隅に移し替えた。そして離れの2階で機織り機(はたおりき)とミシンに鎮座いただく作業台へと姿を変えた、とまあこういう寸法だ。これがまた無骨でなんとも手仕事な佇まい、乙なのである。

散種荘母屋のリビングがようやくのこと広々とする

 母屋に置くかそれとも離れ2階のクローゼットスペースに収納するか、ワードローブの「棲み分け」配置も完了した。日々に空いた段ボールをまとめて別荘地管理事務所のゴミ置き場に車で持っていく一週間を送った結果、母屋からも離れからもとうとうすべての段ボールが姿を消した。今般の#山の家プロジェクト最終章にまつわる引越しのため深川のマンションに大量の段ボールが届けられたのが4月7日、3ヶ月と10日かかってようやくのこと引越しが完了したわけだ。行き場のない荷物に占拠されていた散種荘母屋のリビングもようやくのこと広々とした。とんでもなく暑くなる直前にゆったり呼吸ができるようになってなにしろ胸を撫で下ろす。

なぜに「期日」は設けられたのか

 こちとらのんきな初老の身、早々に搬入と配置の作業を終えるに越したことはないが、なにも身を削るかのように慌てて進めることもない。とはいえ私には「この日までに」という「期日」らしきものがあった。7月18日の午後に大阪から大学の先輩が二人、同じ大学に通っていたわけではないが大学時代の同期の女性が一人、合計3人が泊まりがけで散種荘に遊びに来ることになっていたのだ。先輩の一人と同期の女性はご夫婦で、もう一人の先輩と同期の女性はなんと職場の同僚。ご夫婦は電車を乗り継いで、もう一人の先輩は趣味のバイクにまたがりツーリング。それに合わせて「せっかくだからお披露目したい」、そう考えるのは自然なことだろう。

 帳尻合わせて18日の午前中に最終的な片付けも終わった。客人たちは声をそろえて離れを褒めそやし、私のささやかな「虚栄心」を満たしてくださった。たくさん話してたくさん飲んで、19日の遅い午後にご夫婦は大阪に帰っていった。残る一人の先輩はもう一泊して20日の朝、サッカーW杯決勝の「おっかけ再生」の途中、どうにもくだらなくつまらないハーフタイムショーの間にバイクにまたがって颯爽と散種荘を後にした。結局は優勝に値する今大会最高のチームが、手も足も出ないとなると地金が出て「反則は5カウントまでOK」という悪役プロレスラーよろしくダーティープレイを連発する見苦しいチームをクールに下した。私が愛するサッカーという美しいスポーツが救われたような気分。優勝カップ贈呈の場面、注目を浴びたくて歓喜の真ん中にいつまでも居座ろうとする開催国の気の触れた大統領を、優勝チームであるスペインのキャプテン ロドリが「邪魔だからもうあっち行けや」とやんわり押し出していたのがおかしかった。それではこのブログはもう離れの書斎でしたためているのかというと、インターネットの工事がまだ済んでいないので未だ散種荘のダイニングテーブルでノートパソコンを開いている。次回は新たな定席に座を占め書いているに違いない。ああ、もうすぐ隠居の身、季節は変わってもう夏なのである。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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