隠居たるもの、あの卵の味を思い出す。そこそこに長逗留を果たせた前回10月30日からの散種荘滞在は、これまでで最長の6日間に及んだ。新しく冬山用のジャケットを誂えたり、DIYを苦心惨憺の末に成し遂げたり、ホームシアターのセッティングをしたり、かますを焼きながら紅葉を浴びたり…。様々と仕事をこなしながら早々にハピア A-COOPという行きつけの店が白馬にもできたわけだが、その店の魅力については「白馬の食卓@散種荘」(https://inkyo-soon.com/sanshuso-dining-table/)という段ですでに触れている。そこでも取り上げ「相応の日数があれば必ずや試したい」と強く願っていた食材がある。これこそ今滞在のもうひとつの「眼目」、小谷村の浅見嘉男さんの卵である。

浅見さんの卵は、籾殻にまみれてビニール袋に入っている

A-COOPには、生産者が作物を直に並べるコーナーがある。浅見さんの卵はそこに置かれている。固い紙パックに包まれた6個入り「わがまま鶏の有精卵」と籾殻にまみれてビニール袋に収められた無精卵10個の2種類。その朝に採れたのだろう、見るからに美味しそうである。もちろん有精卵の値段の方が高いのだが、なんと言ったらいいのか、私たちには有精卵を口にする「度胸」がなく最初から籾殻まみれのビニール袋の方にしか目が向かなかない。その他にも白馬村の山崎さんが原木から採取したくり茸とか、その佇まいからして堪らない食材がずらりと並ぶ。お気に入りの生産者が作物を持ち込む時間を知っておられるんだろう、ペンションを経営していると思しき方が、お目当てのおばさんが来るのを待ち受けて、来るなり大量に買いつけていく光景も目にした。一度だけこの店に立ち寄ったのが夕方になったことがあったのだけれども、その時はこのコーナーにほとんど何も残っていなかった。

卵の黄身の味がする

滞在最終日の朝までもつことなく、10個の卵はあっという間に平らげられた。どんな調理法にしたって、弾力があって「黄身の味」がした。卵は好物で常日頃に口にしているのだが、(ありがたがりすぎかもしれないが)やはりそれらとは違う。こうして浅見さんの卵を連日にわたって味わってみると、「卵ってたしかにこういう味だった…」と口内に残る香りすらも感じながら想い起こす。普段は食感をもって「卵」と認識しているだけなのかもしれない。地産の野菜とともに食す浅見さんの卵はかけがえのない贅沢だ。

snow peak LAND STATION HAKUBA のレストラン「雪峰」、実は…

この滞在中、一度だけ夕食を外でとった。レンタカーを返すついでに温泉「みみずくの湯」に立ち寄り、そのまま隣の敷地にあるsnow peak LAND STATION HAKUBA のレストラン「雪峰」で、まずはビールを飲んだのである。「悲願の引渡し#山の家プロジェクトX〜挑戦者たち〜」(https://inkyo-soon.com/mountain-house-project-x/)においても、「この施設を内心『こけおどし』と思っていたから、存外の美味しさに驚いた」と省察している。それに味をしめて再訪したのだ。地元のタクシードライバーも「都会から腕のいい人が来て、こちらのものを使って美味しく作るんだって私らの中でも評判だよ。まだ行ったことないんだけど、私も早く行ってみたいね」などとおっしゃっていた。よくよく調べると、「その土地の自然と、人と五感でつながる食体験を。」をキャッチコピーとしていて、「神楽坂 石かわ」の石川秀樹さんが監修しているっていうじゃないか。そりゃあ美味しいよ。「ミシュラン東京」が初めて刊行された頃、世の盛り上がりに呼応して「三つ星」を獲得したお店に3軒ほどうかがうことが仕事上であった。その中で、私が一番しっくりと美味しさを噛みしめたのが日本料理「神楽坂 石かわ」だ。これみよがしなところが一切なく、料金も最もこなれていたと記憶する。「糸魚川漁港の魚介フリット」はこの日メギスだったし、「自家製リガトーニ、信州産ブルーチーズクリームソース」はすでにつれあいの好物だし、「信州牛ランプ しょうゆ豆と赤ワインソース」は素晴らしかった。

きちんとした料理だから少しばかり値は張るんだけど、だからといって驚くほどに高いこともない。要領がわかればうまくつき合える。すっかり満足して帰路につく。晴れ渡った夜空にはポッカリ浮かんだブルームーン。あの満月の夜、10月31日のことだった。正直なところ、白馬に「食」は期待していなかったんだけれども、「おみそれいたしやした」とばかり不明を恥じる。考えてみれば、産地に直結しているんだから美味しくないはずがない。蕎麦もいつも楽しみだ。東京への帰りがけ、「そば神」でひっかけた「海老おろし蕎麦」は忘れがたい。でも心配はいらない。ああ、もうすぐ隠居の身。そうあるべく育った食材なら太らない。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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