隠居たるもの、いただいた恩義を振り返る。10月24日の木曜日、午後から東海道線に揺られて熱海、そこから伊豆急行乗り入れの伊東線に乗り換えて、城ヶ崎海岸へと向かった。厚い雲に覆われた肌寒い一日で、夜になれば雨が降るという。私のことを可愛がってくださった20歳上の先輩の誕生日、その「お祝い」にお呼ばれしたのである。

「ご隠居」を騙(かた)るな

「一番若いお前がご隠居とはどういうことだ、ええ!」到着して、イタリアングレイハウンド3頭にまとわりつかれていたら、早速に洗礼を浴びた。いまだ隠居にたどり着いていない我が身、この場では最年少である。この家の主は、この日が誕生日で75歳になるはずだった。先輩はすでに鬼籍に入っておられ、もうすぐ4回忌を迎える。奥様によると、この城ヶ崎海岸の家も、つい最近に民泊のホテルにしたという。先輩の誕生日に、仲の良かった人たちとこの家で、時間を気にせず想い起こすこと色々を語らいたい、奥様がそう発案してお声がかかった。もちろん、コアな年齢層は70代ということになるから、若輩者は一喝されたのである。

1986年7月だった

先輩と初めてお会いしたのは33年前の夏。先輩が会社を経営されていた名古屋でのことだ。誕生日を迎える前の先輩が41歳で、誕生日を過ぎた私が22歳だった。先輩は、私が属していた大学のサークルの大先輩で、活動資金のカンパをいただきにうかがったのである。あまりにも若々しい様子に驚いたものだ。再会を果たすまでには16年半の年月が必要とされた。先輩は、50代にして再び上京、母校の大学院に進学する。以来、懇意という言葉ではとても表現しきれないほどに、多くの時間を共にさせていただいた。先輩が現れると、その場が華やいだ。教養にあふれ、いつもオシャレで、先輩は私にとっていわばメンターだった。

お下がりのパンツ

こんなこともあった。私の仕事のクライアントでもあった先輩が当時住んでいた練馬のお宅に、日中午後3時頃にうかがった時のことだ。初めて会った時と同じ7月のことと記憶しているが、先輩がこうおっしゃる。

「汗びっしょりじゃないか、もう今日はいいんだろ?美味しいビールを飲むためにシャワーを浴びろ」

「いや、シャワーを浴びて、また同じパンツを穿くのはいやです」

「俺が使っていないパンツを君にやるから、それを穿きなさい。Tシャツは貸してやるから」

なんてありがたいのだろう。お言葉に甘えることにした。さっぱりと汗を流し、いただいたパンツに脚を通す。前面のど真ん中に「STOP AIDS!」と大きくプリントされていた。奥様が帰って来る。ニヤニヤ笑って「ズボンを下ろして彼女にも見せてやれ」としつこく言う。仕方ないからそうすると、ご夫婦は涙を流して笑い転げた。海外で面白がって購入したのはいいけれど、帰国して冷静になってみると、とても穿く気になれず困っていたらしい。そのパンツは私のものとなった。

かもめ次郎の店で

先輩ご夫妻が通っていた、秋田料理の割烹「あきしろ」さんで食事をする。美味しい料理に酒が入り、みなさん、声が大きくなる。下地を作ってもちろん2次会。先輩が愛した かもめ次郎さんの「カラオケ喫茶さる〜と」にうかがう。次郎さんが話していることはよくわからないのだけど、話を総合すると「ナニコレ珍百景」に出たことがあるようだ。不思議な人がやってるおかしい店だ。私が捧げたのは、和田アキ子「古い日記」や左とん平「ヘイ・ユー・ブルース」、沢田研二「危険なふたり」など。そして、私よりひとつ歳上の奥様が唄う「テネシーワルツ」や「ケ・セラ・セラ」にウットリする。みなで懐かしい唄を歌い、たくさん飲んだ。そもそも、カラオケで歌えるような新しい唄はもう知らないのだけれど。

あなたにここにいてほしい

翌日、東京への帰路はひどい雨で、東海道線のダイヤも乱れていた。急ぐ旅でもないからそのまま鈍行で、少しだけ奮発してグリーン車に乗る。ボックス席で盛り上がる暴走老人たちの武勇伝に、またしても笑ってしまう。その人たちとも東京駅で別れ、先輩と初めて会った名古屋を想い出し、二日酔い気味の身体に喝を入れるため、八重洲地下街の「玉丁」で味噌煮込みうどんを食す。私たちは元気でいよう。

そして今日、30歳ほど下の、そうヴェネツィアで面倒を見てくれた後輩が我が庵に遊びにやって来る。ああ、もうすぐ隠居の身。フォースはこうして受け継がれていくのだ。そう、フォースとともにあらんことを。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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