隠居たるもの、顔をいかつく引き締める。2022年3月2日、深川の庵の食卓で、やはり気にかかるからNHKの昼のニュースを見ながら、つれあいと橋膳の日替わり弁当に舌鼓を打っていた。今日のメインおかずは牛すき、以前に紹介した予約が必要な近所の弁当屋さんだ。テレビには国会の模様が映し出されている。林芳正外務大臣が「ウクライナに連帯を示すため、私も今日はタンスの中から黄色と青いものを探し出して、それを身につけております」などと、少しだけ黄色っぽいネクタイと白地に青いストライプが細く走っているだけのシャツを指して答弁していた。「それはどうだよ!」とツッコミを入れながら、夫婦は自分たちの装いに気づく。ウクライナ国旗そのままだ。私たちは無意識にウクライナに連帯の意を示していた。やぶさかではない。

後日談で盛り上がっているすきに

先日、「替え玉受講」の「共犯者」である古くからの友人が散種荘を訪れたことを紹介した。すると友人から反論があった。

「いざ合宿所に着いて部屋割りをみたら、1・2年生ばかりの中で4年生で年長である君は当然に班長だ。日を追うごとに同部屋の『後輩』たちから質問攻めにあう。
『先輩、どちらに就職されるんですか?』
『某証券会社だ。』(班長であるはずの私は留年するというのに、君はうっかり自分のことを答えてしまった…)
『えーっ!すっごいっすねえ!それでは来年OB訪問してもいいですかー?』
って言われても、本当に訪ねてこられても困っちゃうし…。
『なんか先輩、全然文学部っぽくないんですけど、何ゼミだったんですか?』
そりゃ当たり前だろ!文学部どころかそもそも大学だって違うんだから…。
あれはこんな感じでスリル満点な5日間だったんだ」

「お前は東京で呑気に待ってただけだったろうが、こっちは実のところ大変だったんだ」というわけだ。彼が散種荘を後にしたのは2月22日の午前中、その後もこんなやりとりをして再び笑って、楽しさの余韻は続いた。しかしそれはプーチンに断ち切られる。24日、ロシアのウクライナ侵略が始まる。

後輩の訃報に悲嘆に暮れている間にも

2月27日、白馬15時16分発 新宿19時6分着 あずさ46号で予定通り東京に戻ってきた。後輩の訃報に接し悲嘆に暮れたのは25日のこと。特急電車に身を置く時間にとり行われるお通夜に出向くことはできないから、翌28日の告別式に参列することにした。ネクタイ締めて上下スーツに身を包むなんて、たぶん2年と8ヶ月ぶりだ。私はスーツを概ね細めにあつらえているから「このところ体重計にのっていない、ウェストは大丈夫だろうか…」と不安がよぎる。ところが労せず着用におよぶ。かえってその方が不思議なので久しぶりに体重計にのってみると、あろうことか痩せていた。

久しぶりに革靴を履いたもんだから脛の筋肉がとっても痛くなったのだけれども、そんなことをぼやこうものなら「先輩、しっかりしてくださいよ!」と彼に叱られるだろう。喪主(後輩のパートナー)は47歳で逝った後輩を、「困っている人がいたらどこにだって自転車で助けに駆けつけた、世界の宝物のような人だった」と評した。私もそう思う。3月1日、プーチンによるウクライナ侵略の記事に埋まる朝日新聞の朝刊に、後輩の葬儀を紹介する記事が割り込むように載っていた。あいつらしい、戦車の中に自転車で突っ込んでいく…。

深川の食卓から、ウクライナに連帯の意を示す

少しも黄色くなければ青くもない、呑気な林芳正外務大臣の連帯表明に続いたニュースに耳を疑った。「ロシア・サハリン沖の石油・天然ガス開発プロジェクトサハリン1とサハリン2で日本は難しい判断を迫られている」というのだ。サハリン1から米エクソンが、サハリン2から英シェルが、決然と撤退することを発表したもんだから、官民あげて双方に出資参画している日本は対応に苦慮しているのだそうだ。仰天した。いけしゃあしゃあにも程がある。呆れ果ててつい顔もいかつくなろうというものだ。

この判断ははたして「難しい」か?撤退しない余地が今どこにあるというんだ?この期におよんでまだ金が惜しいか?こっそりとプーチンに助け舟を出し続けるつもりでいたのか?同盟国と一体となって制裁するんじゃなかったのか?そもそも2050年でのカーボンニュートラルを目指しているんだろ?化石燃料を新しく採掘するのはもうやめたらどうだ?ことここに及んで苦慮する方も苦慮する方だが、さも「それは当然ですねえ」とばかり、無批判にこんなニュース原稿を平気で書くNHKの報道はやっぱり頭が腐ってる。あいかわらずのことだが、飯が不味くなる…。

木場公園をウォーキングしていたら、鳩を従えたダチョウが向こうに見えてびっくりした。よくよく近づくとベンチに寝転んで体操しているおじさんだった。もう春だ。陽光のもと公園でこんなことをする、屈託なく友人との思い出話に興じて笑い合う、悲しいかな後輩の死をゆっくりと受け止める、ウクライナの方々が一刻も早くそんな日を取り戻せますように。ああ、もうすぐ隠居の身。深川の食卓から、ウクライナに連帯の意を示す。

些少ながら、協力いたしました。https://www.unicef.or.jp/news/2022/0043.html?utm_source=gooddo_line_20220227&utm_medium=gooddo&utm_campaign=disaster&cd=pc926

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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