隠居たるもの、不具合は唐突にやってくる。いまだ隠居の身にたどり着いていない我が身、今週に夏休みをいただいていて、旅に出ることもなくひとり庵で、避けて通れなかったもろもろPC周りの作業なぞを、ゆっくりとこなしている。この酷暑である、警戒を呼びかける天気予報に接するたび、「してやったり」と含んで微笑んでいた。そこに経験したことのない非常事態が出来(しゅったい)する。トイレがおかしい…。

「水の流れる音、おかしくない?」

8月7日の朝、つれあいは仕事の出がけに確かにそう言った。シーツを洗濯しながら「そう?」などと聞き流していた。ひとくさり作業をした後、昼前に血圧の常備薬をもらいにかかりつけの医院に出向き、少しだけ自宅を離れる。帰宅後、食事をとってから「さあ午後も」とトイレでひと区切り。すると「あれ、ホントに水が流れる音がおかしい。あ、吸い込まれるように排出はされているのだが、上から新しい水が注ぎこまれていない。」これは一大事…。

ちょっとオシャレにしてみたものだから…

タンクがなくてスタイリッシュなINAXのサティスに替えたのは、サニタリーをリフォームした13年前のこと。対処法を調べるべくインターネットにあたると、昔ながらのタンクトイレはとても単純な「器械」だから、まず壊れることがなく誰でもできるほどに修理も簡単なんだそうだ。亡き父がタンクに手を加えていた姿を思い出す。それに比して、タンクレストイレはパネルのスイッチですべてをつかさどる「電子機器」、不具合が出るといささか厄介で、古くて部品がない場合は「もうトイレ交換ですね」などと宣告されるという。戦慄が走る…。

とりあえず洗面器で水を

トイレを前に腕を組んでいた。とにかく対処をしなければ。新しく注がれないものだから水が張っていない。かすかに熱気と臭気を感じる。それらは排水管を登ってきているのではないかと推測し、風呂場から水を汲んで流し込んでみたら収まる。「まずはあれやこれやを試してみては」とカスタマーサービスはアドバイスしてくれるのだが、木で鼻を括るばかり。「どれも適切な気がしない。親切心はありがたいが、よく分からないまま水漏れ事故なんかを起こしてはいけない。一刻も早い点検・修理を望む」と要請する。すると「確認です。詰まってはいないですか?」と訊くものだから、「詰まるほどの大それたものを流した覚えはないが」と答えておいた。

まつだい雪国農耕文化村センターのトイレ。3つのうち一つが外への出入口。いたずら心に一瞬うろたえる。

「トイレ開けていいですか?」

翌8日の朝一番でやって来た、仕事ができそうな修理サービスさんはそう言った。上蓋をパカっと開けられたサティスはまさしく「電気機器」。上から新しい水を勢いよく落とし込むために、「大・小」の流すスイッチにモーターが相応に反応し、それと連動する金具がこれまたバルブを相当に開ける、という仕組みになっているのだそうだ。そのモーターがダメになっていて、同時に長年の水回り仕事のために連動する金具が錆びて折れていた。40分くらいかけて交換作業は終わった。その他も黙って調整してくれて、しめて23000円。排出できていたとはいえ、いちいち水を汲んでいたんだもの…。やれやれ、発覚から24時間でなんとかことは収まった。

他人の家のトイレを見せられても反応に困るだろうから、今回は各美術館の水回りを掲載している。それにしても不幸中の幸い。私が庵に在る両日だったから、最短の復旧が可能だった。また、兆候が出るのが2、3日遅ければ、復旧までに3連休とお盆休みを挟むことになっただろう。危機一髪。「山の家プロジェクト」は今も妄想中。ああ、もうすぐ隠居の身。タンクを「つけるべきかつけぬべきか」それが問題だ。

東京都現代美術館の男子トイレ
投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

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