隠居たるもの、一つひとつに想いを致す。2026年9月30日、朝から気持ちのいい晴天が続く。どうやら白馬は「雨季」から抜け出したようだ。北アルプスの山々を越えた向こう側、日本海に接する富山で線状降水帯が発生した8月26日からというもの、どこか詩的な「秋の長雨」という言葉に収まらないほどにここ白馬でも雨が降った。この間、海水温の上昇など抜き差しならない要因が様々に絡み合って、甚大であった千葉を筆頭に、人の命にまでおよぶ被害が各地にもたらされた。朝のニュースによれば、台風26号の影響を受ける東京はこの日も雨だという。とはいえここ白馬の天気予報に限れば一日を通してずらりと晴れマーク。そよぐ風も爽やかで、ようやくのこと「秋の長雨」ならぬ「雨季」が終わったと実感する。となると朝からおおわらわ、湿ったあれこれを陽にあて洗濯に勤しむ。

小泉今日子のキリンラガーのポスター
なにを隠そう私は小泉今日子のファンである。「なんてったってアイドル」がヒットした1985年から指折り数えてかれこれ41年、「レコードやCDは必ず買う、出演している映画やドラマも欠かさず観る」といった忠実な類ではないにしろ、途切れることなくずっとファンであり続けたことに変わりはない。かつてキリンラガーのキャンペーンおよびCMのキャラクターを彼女が務めていたことを憶えておいでだろうか。あらためて調べてみると、1990年途中からバルセロナオリンピックがあった1992年にかけて、つまり36年前から34年前の2年ほどのことだった。実は、非売品だった当時のキャンペーンポスターを一枚、後生大事に持っている。彼女がキャラクターになってすぐのものと記憶しているから、おそらく1990年末のクリスマスバージョンでなかろうか。ならば私はどうやってこの非売品を手に入れたのか。類推するにあれは1991年の1月か2月、大雪が降る上野でのことだった。

スマホどころか携帯電話を所持している人も珍しかった時分の話である。一週間のうち休みは日曜日のみ、週休二日でもなかった。その週もこき使われやっとのこと明日は休み、「憂さを晴らしに飲みに出かけよう」と20代後半にさしかかったばかりの独身男が目論むのはそれこそ人情、仕事を終えるやいなや意気揚々と繁華街へ繰り出した。そして楽しく飲んでいる間に雪が深々と降り出した。もしかしたら天気予報で警告されていたのかもしれないが、働いてばかりでろくすっぽニュースに触れる時間もなければ手元に情報機器があるでなし、そのうちに公共交通が一切合切ストップするほどの大雪へと変貌する。一台のタクシーすら走っていない。冷え込む夜だというのに帰ることもできず行き場をなくして雑居ビルをうろつくばかりだった。そのとき「もう朝までみんなで店にいるしかないさ。残り物のおでんと乾き物くらいしかないけど、さあ飲み放題2,000円でいいよ!」と救いの手が差し伸べられる。きっぷのいいスナックのママが、明かりを消そうとしていた彼女の店に、途方に暮れた「難民たち」を迎え入れてくれた。

おでんが暖かくて身に沁みた。そこで少し年上だったと想い出される麒麟麦酒株式会社の二人組と私は仲良くなった。「キョンキョンのファンなんです。たたみかけてくるあのキャンペーンポスター、とっても素敵です。欲しいなあ」などと調子に乗って口走ったのだと思う。数日後、浴衣姿を含め季節外れとなった小泉今日子のキャンペーンポスターが3枚ほど自宅に届いた。一期一会のありがたさ。しかしスマホどころか自前のPCを所持する人が珍しかった時分の話である。当時の私はメールアドレスも持っていなかった。とはいえ名刺はいただいたのだから礼状の一本でも投函すればいいものを、これぞ若気の情けなさ、そんな当たり前のことに思い至ることもなければそのうちに忘れて名刺もなくし、不義理にも感謝の一言を伝えることなく今日に至る。残しておいた一枚のポスターを処分することなく後生大事にしまい込んできたのは、あの大雪が降った上野の夜を忘れないため、でもあった。

離れの隠れ家的書斎に彩りを
小さな二階建てとなる散種荘の離れが完成してみると、一階である私の書斎に、二階に上る階段の裏面がベニヤ材のまま露出する。致し方ないにしてもそれがどうにもそっけなくて無粋だ。どうしたものか考えてみると、件(くだん)の小泉今日子のポスターを貼るには絶好の寸法である。もちろん今般の引越し荷物に含めてこちらに持ってきている。そして「鼻の下を伸ばしちゃってみっともない」と呆れられるのではないかという情けない懸念を、手前勝手この上なく「つれあいが気を悪くするのではないか」という心遣いから派生する不安にすり替え逡巡した結果、「色とりどりの本の背表紙たちと調和を取るためにもここには色味が必要」との結論に至り、思い切って貼ってみることにした。それがどうだ、目論見通り得も言われぬ温かみが加味されたではないか。兎にも角にも、これで大雪が降ったあの夜の恩義を忘れることはあるまい。

私より一学年下で早生まれの小泉今日子は今年になって還暦を迎え、その記念ツアーを大々的に行なった。全公演ソールドアウトと聞くツアーのうち超満員となった武道館公演がWOWOWで放送された。それをつれあいとともに視聴してみると、彼女自ら携わるという公演の構成自体も素晴らしく、「ある時代を象徴してしまった者が否応なく背負うべき責任、それを引き受けた上で日々に彼女らしく生きている」、そう察せられてほとほと感銘を受けた。2005年から2014年まで読売新聞の読書委員を務めた彼女の書評を集め、先の夏にあらためて文庫化された「小泉今日子 書評集」も素晴らしかった。なにを隠そう私はかつて以上に今も小泉今日子のファンである。

もうひと組の写真
もうひと組、しまい込んでいた写真があった。つれあいと暮らし始めた30年ほど前のことだ。つれあいが親しくしていた友だちがある有名なCM監督のアシスタントをしていて、その縁でその監督と何度か遊んだことがあった。その頃その人は映画を撮ろうと計画していて、ロケ地となる小さな工場を探していた。あの上野の夜のときと同様、父親から引き継がざるを得なかった町工場で私が苦心惨憺していた時分である。「よろしければどうか」とお声がけいただいたから休みの日に「こんなところでよろしければどうぞ」と案内した。そこに私の母親がひょっこりと姿を現した。生きていたら104歳になるはずだから、彼女は当時75歳くらいだったか。するとCM監督は「今度ぜひお母さんの写真を撮らせてほしい」とおっしゃる。ロケ地としてはお眼鏡にかなわなかったようだが、私の母に魅了されたようだ。できあがって進呈されてみると、人生における艱難辛苦がじんわりと顔に刻み込まれたような、味わいのある見事な「芸術作品」だった。「プロに可愛らしく撮ってもらえる」と内心喜んでいた母はできあがりに少なからず不満な様子だったけれど、私たち夫婦はディスプレイする機会を探ってこれまで大事にしまってきた。そして今般の引越しに際し額縁をあつらえ、架けて絵になる場所を離れにようやく見つけた。先日に遊びに来ていた友だちが教えてくれたのだが、その実ろくすっぽわかっていなかった「ある有名なCM監督」とは、あの当時に「た〜らこ〜、た〜らこ〜」で一世を風靡していた人だそうだ。

冬にそなえてカーテンレール
机が面する壁に、座っていくらか見上げる位置を見計らって、明かり取りにして風を通すための細長い窓をつけている。春夏秋はここにカーテンをかける必要などないんだけれども、冬ともなると隣の「ヴィラ殺風景」がフル稼働、取っ替え引っ替えやってくるオージーたちと窓越しにバンバン目が合うだろうからそうもいかない。とはいえ暮らしてみてからチョイスするのが得策と考え、建築時にはあえて何も取り付けないでいた。そして離れができあがり、机が置かれ椅子に座る。どうすればいいか見当がつく。インターネットで探したIKEAのカーテンレールを自分で取りつけた。Amazonに注文したクリップ式のカーテンリングも具合がいい。今はパティ・スミスのポストカード1枚で充分だが、冬が来るまでに、二階でつれあいに特別サイズのカーテンをこしらえてもらおう。

そして最後に書見台
私は加齢からくる頚椎ヘルニア持ちで、長い時間にわたって首を折り読書するのがつらい。気張って厚い本を読むときなぞ大変に難儀する。手に持ち適度な角度をキープし続けることに疲れてしまうからだ。新たな書斎と張り切り、石牟礼道子の「苦海浄土 全三部」という大著に挑んでいる今も同様だ。そこで見つけたのがこの書見台、Amazonで3,380円、思いのほかいい。ピシッと背筋を伸ばし武士のような姿勢で読書に勤しむことができて集中力も持続する。どうやらこれが最後のピース。ああ、もうすぐ隠居の身。隠れ家的書斎で読書の秋は本格化する。