隠居たるもの、とどのつまりは向こう三軒両隣。「シルバーウィークってあちこちうるさいけどさ、いったいもとはなんだったっけ?あぁ、お彼岸だったわね。それならそうとお彼岸って言ってくれなくちゃね。昔はさぁ、みんなでおはぎを食べたりしたわねぇ。シルバーウィークじゃあ何が何だかわかんなくなっちゃう、困っちゃうわよねえ」2026年9月19日土曜日の午後6時20分頃、江東区の木場はニュー松の湯、女湯に入るつれあいの耳に触れた常連さんの会話である。この日から世間はシルバーウィークとやらに突入、それを見越して私たち夫婦は混雑しない前日のうち、18日の夕刻に東京に戻ってきていた。では階段を降りてすぐに店子割引も利く大家の銭湯があるのに何故によその風呂につかっているのかというと、土曜は大家の銭湯が定休だからである。

土曜日の風呂の行方
銭湯二階での暮らし、いたって快適なのであるが避けて通れない悩ましい課題がひとつ存在する。定休日である。うちの大家は週に一度、土曜日に休む。その他に最寄りといえば、5ヶ月前まで暮らしていた集合住宅に向かう道すがら、歩いて6分くらいのところに一軒あるにはある。しかしあいにくこちらの定休日も同じく土曜。「示し合わせてずらしてくれればいいのに」と手前勝手に不平はもらすものの、それぞれに事情あってのことだろうから声高に出過ぎることもはばかられる。ということで「会合やら約束やら日程の都合やらで東京に滞在しなければならない土曜日の風呂」問題が浮上するのである。ウォーキングがてら二軒ほど遠征して試してみたがしっくりこない。そうこうするうち三軒目、大門通りをまっすぐ南に下って永代通りにぶつかる少し手前、歩いて20分と少しという木場の一画に、ニュー松乃湯という銭湯を見つけた。「ここまでくればレジャーがてら」と足を延ばしたのはひと月半ほど前、暑い盛りの8月初旬のことだった。ところがこれがこざっぱりしていい風呂だったのである。夫婦ともに「ここだよ!」と気勢を上げたが、遠い分だけそこには新たな問題がのしかかる。せっかくさっぱりしたというのに「帰り方」をしくじるとまたぞろ汗びっしょりになっちまう。


肴処 藤房(さかなどころ ふじふさ):https://fujifusa.owst.jp
銭湯帰りの乙な店
とにかく汗がひくまで涼める適当な店が近くにないか、大門通りからニュー松乃湯までの一画をキョロキョロと血眼に探してみた。するとちょいとした小道に肴処 藤房という小綺麗な店があるではないか。とりあえず入ってカウンターに陣取りビールといくつか肴を注文してみると、驚いたことになにもかもがいい塩梅。厨房で手際よく仕事するご夫婦がこれまた気持ちいい。深川蒸留所のクラフトジンで作る爽やかな「深川ハイボール」がメニューにあるのも嬉しい。すっかり汗がひいた。あらためて調べてみると、店から歩いて20秒のところに停留所があって、そこから都バスに乗って大門通りをただまっすぐ北上すれば、うちから歩いて40秒の停留所に辿り着く。「なんだよ、バスに乗ってきて風呂に入ってここで一杯やって、そのまま夕飯まで済ませてまたバスに乗って帰ればいいんじゃねえか。こりゃなんとも素敵なレジャーさ、土曜日が待ち遠しいってえやつだ」などと酒呑みの夫婦はすっかり盛り上がったのであった。予報によると台風25号がやってくるのは二日先のこと、9月19日の夜もこの店のカウンターにふらりととまり、深川ハイボールをいただいたのは言うまでもない。

焼き鳥アポロとPizzeria Bella Napoli
「え?今『わっしょい』って言いました?え?深川ハイボールの注文を受けたときだけマスターとママさんは『わっしょい』って受け応えするんですか?他んときは『はいよ』なのに?ハーパーソーダなんか頼んでる場合じゃなかったな…、なんか損した気分です。すいません!俺にも深川ハイボールをください!」20歳ほど年下の飲み友だちはまだまだ威勢がいい。白馬で「なんだか焼き鳥アポロが恋しくなったよ。9月に東京に戻るタイミングで行かないか?」などとつれあいに相談を持ちかけていたちょうどそのとき、彼から「次に深川に戻るのはいつですか?久しぶりに飲みませんか?」と連絡を受けた。お互いの都合を照らし合わせた結果、私たちが中央線特急あずさ38号で銭湯の二階に戻る予定にしていた9月18日、「ならば帰りがけに焼き鳥アポロで落ち合おう」ということになった。門前仲町から2年半前に清澄に移ってきたこの名店、彼は初めて訪れるのだという。


*左は焼き鳥アポロのレバー、絶品である。右はBella Napoliのマルゲリータ、ピザはこの店にかぎる。
かつて年がら年中ともにカウンターに並んだ彼といっしょに飲むのは4ヶ月ぶりであった。このブログに感化され、つい最近にDRAMATIC TOKYOで人生初の老眼鏡を作ったのだという。「ちょっと攻めたいと思って」チョイスした老眼鏡をかけるたび、周囲に一瞬ふと訪れる「…」という沈黙がDRAMATICで嬉しいのだという。来年6月に決定したRADIOHEADのさいたまスーパーアリーナ公演のどの日の抽選に申し込むか、そんなことを相談し、彼の近況についてあれこれ聞く。その実いつだって大変だからなかなか気づきもしないんだろうけど、いつか初老にでもなれば「考えてみるとあの頃がいちばんきつかったな」と振り返るような時期、それはもう乗り越えつつあるんじゃないか、なんて勝手に思う。

「ニュー松の湯は知ってんだね?あのあたりは君の家業の根城だものな。え?だのに肴処 藤房を知らんとな?それはいけない。仕事の帰りがけにでも今度カウンターにとまってみたまえ」などとピザを頬張りながら年長者は小言に余念がない。この日の二次会としてどの店に行きたいか、三人の意見は最初から一致していた。森下はのらくろードに鎮座まします東京屈指の名Pizzeria、Bella Napoli(ベッラ・ナポリ)である。ここは常に予約で満席、だから私たちはそれが一巡した後を見計らって常に二次会でトライする。この日も奥に一席だけ空きが出ていた。ナポリから直輸入したピザ窯、開店当時の四半世紀前には大変に珍しかった本物のピザ窯、店主が今もそこで焼く本格的なナポリピザと赤ワインで夜を締める、こんな名店が馴染みの土地にあるのは幸いなるかな。そして食事がメインの店だから閉店時間も早く、くだを巻く術もない。そうして私たち夫婦が5ヶ月前まで暮らしていた集合住宅に続く夜道を、三人はなんというか満ち足りたような心持ちで、それぞれお互いの帰路につく。銭湯の閉店時間までにはまだたっぷりと余裕があった。

これぞ台風一過という晴天
5連休のシルバーウィークの中日となる9月21日、関東地方は予報の通り台風25号に蹂躙された。横殴りの雨がもっとも強く降った午後4時半頃に一階の銭湯へと降りてみたが、休日ともなれば混雑するこの時間帯にも関わらず、浴場は案の定ガラガラだった。失礼ながらこれぞ「銭湯二階ライフの醍醐味」とばかり伸び伸びと入浴し、脱衣所に上がってからも好角家である女将さんが番台に座ってそれを観ながら手を叩き歓声を上げる大相撲中継をともにゆっくりと眺めた。そうした一夜を過ごし朝を迎えてみると、「これぞ台風一過」とでも呼ぶべき清々しい青空が見渡す限りに広がっていた。

かっぱ橋道具街と小伝馬町の純喫茶
小伝馬町駅のほど近くに三代続く古くからの純喫茶があって、華月というその店を経営しているのは5ヶ月前まで暮らしていた集合住宅でとても懇意にしていたご近所さんで、20日から22日にかけてちょいとしたイベントを催すので「よければお越しを」と誘われていた。シルバーウィークに観光地として騒々しくなる白馬を避けるべく立てた帰京予定にぴたりと重なったことだし、台風一過の爽快な22日、「新たにそろえたい調理器具があって」というつれあいの希望に従い浅草のはずれに位置するかっぱ橋道具街に寄り道をしつつ、私たち夫婦は足を運ぶことにした。

「包丁専門店なんてインバウンドさんで驚くほどの大繁盛さ。予測はしていたけどね、この店同様にごった返してたよ」なんて、店主とつかの間のタイミングでカウンター越しに話を交わす。イベントとは、長らく続いた自宅介護を経て、このたび特別養護老人ホームに入居することとなったお母さんの「和紙ちぎり絵展」。いざ荷物を片づけ始めてみると、お母さんが趣味として長年にわたり貼り続けてきたちぎり絵があれよあれよと出てきたのだそうだ。「なんというか生前葬みたいなもんよ、あはは」と跡継ぎの店主たる娘は憎まれ口を叩くが、ゆかりのある人すべてに声をかけ集め、かつて看板娘だったお母さんを店の真ん中にあらためて座らせ、こんな催しをプロデュースする彼女はまったくもって孝行者である。「そのうち白馬に遊びに行くから」というから、炭火焙煎の美味しいコーヒーを今回ばかりはご馳走になっておいた。
本省察をこうしてしたためているのは9月23日、やれやれ、シルバーウィークとやら5連休の最後の日。そういえば先ほど3時のおやつにつれあいがおはぎを買ってきた。明日の木曜日は私の亡き両親の墓参に出向く。法事の代わり、その後の香取鮨も予約してある。そして週末にかけてもういくつか用を足し白馬に帰る。ああ、もうすぐ隠居の身。こうしてお彼岸の一週間は過ぎてゆく。