隠居たるもの、来客かぞえて季節を終える。厚い雲に覆われた2026年9月10日午前10時15分、私は散種荘から長野駅へと車を走らせ「さあ、どうもてなそうか」などと考えを巡らせていた。「さてはあいつが雨男か」などと詮索していたのも拍子抜け、「一日ずっと雨」と発表されていた天気予報は見事にくつがえり、晴天とまではいかなくとも曇りのまま夜まで持つという。散種荘にもっとも多くの客人が訪れるのはやはり夏だ。まとまった休みが取りやすい上に「涼しい山で夏休み」と容易にイメージが喚起できるからだろう。すっかり涼しくなって秋の気配をあちらこちらに感じる今日この頃であるが、ここ数年を想起すれば「9月上旬はまだまだ過酷に暑い」と見当つけるのは至極当然で、この度の客からしても今旅行はそもそも「夏休み」として計画されていた。だとすれば梅雨が明けた7月18日から迎え入れる今夏の「避暑客」はこれで最後、合計5組に及んだトリを飾るのは文学部ドイツ語Q組の二人である。

4人合わせて250歳

 雨が落ちていないことを幸い、白馬に着いて昼食を済ますなり岩岳マウンテンリゾートにゴンドラで登る。雲に覆われすっきりしない9月の日だったからか、8月来訪時に比べて白馬随一の観光名所 HAKUBA MOUNTAIN HARBORも閑散としている。常に長蛇の列が連なる突端の記念撮影スポットのカメラスタッフも手持ち無沙汰、ここはひとつ年の功、「ちょいと頼むぜ」とばかり助け舟を出して4人並んで写真を撮ってもらった(とはいえ大判のカラープリントはそこそこ値が張るからお断りし、ちゃっかり無料のセピア色の来場記念写真だけをいただいた🤭)。さて、文学部ドイツ語Q組というのは大学入学と同時に選択した第二外国語をもとに振り分けられた語学クラスのこと。大学だから浪人した者もいるし皆そろって同じ年というわけではないものの、おおむね似たような年恰好に収まる。合わせて週に5、6コマだったと記憶する第一外国語の英語と第二外国語のドイツ語の授業を2年間共にする。

 つまりは入学早々の時分を共有した43年前の同級生にしてクラスメイトなのである。そのメンバーによる今回の「夏合宿」、否応なくつき合わされるつれあいを加えて参加者は四人、その年齢分布はというと1963年生まれですでに誕生日を迎えている者が二人と迎えていない者が一人、そこに1964年生まれですでに誕生日を迎えている者が一人、それらを整理すると63歳が二人で62歳が二人、そんなこんなを勘定して四人合わせてみるとピッタリ250歳!おお、なんだかめでたい。そんな気分が高揚してか、二人合わせて125歳となる友だちは「アルプスの少女ハイジ」の主題歌をバックに山に向かって漕ぎ出す岩岳マウンテンリゾートの名物ヤッホースウィングにまで乗ってみせた。そもそも私たちが通った都の西北に位置する大学の創始者は「人間は適切な摂生を行えば125歳まで生きられる」と「人生125歳説」を唱えたのだ。そこからすれば私たちはピッタリ半人前の小僧に過ぎない。とはいえ大隈重信は83歳で死去、生前に「若し吾輩にして、此の百二十五歳定命説を理解することが、もし今三十年早かったならば」と悔恨の念をもって述懐したという。創始者に倣った私もすでに手遅れの部類には違いないが。

パンク生誕50周年

 しかしだ、「大学における居場所はサークル」という者もそもそもからして多く、また専攻に進めば専門分野を共にするゼミとかいうものもあったりして、便宜的で「深度の浅い」語学クラスのつきあいが長年にわたって継続するというのはあまり聞かない。私だって4年前にこの友だちたちと34年ぶりの再会を果たすまでは完全につながりが切れていた。だのに今になって何故にこうして頻繁に顔を合わせ遊び泊まりがけの「合宿」まで持つに至るのか。それは当時のそれぞれが、世界と自身の関係のどこかに違和感を抱えて熱心にマイナーなパンクロックやニューウェーブを聴き合う仲間だったからだ。おりしも今年はニューヨークやロンドンでパンクロックが勃興してから50周年にあたる年。ソ連が健在で東西冷戦構造下にあった当時と比較するとき、世界は果たして「進歩」したと言えようか、それどころかこぞって野蛮に回帰しているのではあるまいか。兎にも角にも、当時「何者かになろう」と煩悶していた若造は、違和感が今になって解消されたかどうかはいざ知らず、いつしか「何者でもない」ことに爽快な心持ちすら抱く初老となった。

 2泊3日の彼らの滞在中、母屋でも離れでも常に音楽をかけていた。キング・クリムゾン、デヴィッド・ボウイ、テレヴィジョン、パティ・スミス、P.I.L、ストラングラーズ、ジョイ・ディヴィジョン、INU、スターリン、レディオヘッド、モグワイ、マッシヴ・アタック、etc、etc、もちろんすべてを通しで聴いたわけではないにしても、レコード29枚にCD1枚、なんと合計30枚。人里離れると音量をはじめ視聴環境を思うように整えることができる。都心部のマンションで暮らす客人たちの主たる目的のひとつが観光以上にそれを味わうことにあったことはいうまでもない。白馬ポークのしゃぶしゃぶをつつきながら夜更けまで音楽を聴き、映画監督を生業にしている友だちの長編全9作品をBlu-rayディスクに落とし「私家版ボックスセット」を完成させたからといって「サインしろ」と脅すかのように酔っ払って何故かハエたたきを手に踊り(どうしてそんなこととなったのか、まったくもって思い出すことができないのだが)、それはそれはつきることなく語らったのであった。

レコードジャケット風の集合写真

 ただ集って音楽を聴いて話に興じるだけでどうしていつもここまで楽しいのか。そこには「語学クラスの友だち」だからこその逆説的な要因がある、私はそう思うことがある。例えば同じような音楽を聴いている同級生が同じ音楽サークルに入り知り合ってバンドを組んだとしよう。そこには当然のこと役割分担が生じるだろうし少なからず葛藤も滲み出すだろう。「語学クラスの友だち」であり続けた私たちの間にはそれがない。あくまでフラットで上下とか利害とか微妙な関係に陥った場面がない。ボケ役もいなければツッコミ担当もいない。それぞれの興味について語らっても、そもそもその対象が同一もしくは隣接しているのだからストレスがない。またそれぞれの経験について語らっても、いい加減に大人になった初老の者たちだから気遣うことがあっても敬意を欠くことがない。世事や時勢について語らっても、お互いに流れる通奏低音を理解し合えているから不必要に身構えることがない。こうしたグループ、あるようでなかなかにない。とにかくのびのび居心地がよろしいのである。

 裏の平川の河原を散歩しているとき、つれあいから「せっかくだから三人で並びなさい」と指示された。「レコードジャケット風に写真を撮る」という。私たちはドイツ語Q組において四人組だったのだが、都合が合わず今回の「夏合宿」に参加できなかった者がいる。バンド名は「White Horses」ということになって、この写真をその彼にLINEグループを介して送ったところ、AIで加工した画像が私たちに送り返されてきた。深夜の徒然にボードゲームに興じる写真を送ったところ、「ダイヤモンドゲーム(笑)、コミュニティセンターの老人会か!」というメッセージとともにやはりAI加工画像が返送された。とてつもない傑作である。陰謀論に紐づいてもいないし、私たちの端末だけに収めておくのはあまりに勿体ない。だからここに披露しておこう。

コミュニティセンターの老人会、その名は White Horses

 9月12日、白馬で昼食にトンカツを食し、少し早めに長野駅に着いた。友だちが予約していた新幹線は14時58分発かがやき534号、まだ1時間と少しある。「いくらかは観光らしきことを」と私たちは善光寺参りをすることにした。初めて訪れる友だち二人が参道と寺院の威容に驚く。ところがここに若干の過誤があった。土曜日の人出予測が甘かったのである。人をかき分け往復約4kmの徒歩に加えて境内散策、いささか時間が足りなくなった。四人合わせて250歳、最後の最後に風雲急を告げたが、血相変えて駅構内を駆け巡り、改札を挟んでなんとか笑顔で手を振り合う。後日に深刻な筋肉痛に苛まれた者もいないようだし、終わりよければすべてよし、ここはひとつ、そういうことにしておこう。

 友だちを送ってから帰宅し思い起こしてみると、パンク生誕50周年にも関わらず、肝心要のセックス・ピストルズを聴いていなかったことにはたと気づく。ラモーンズ、フリクション、P-MODEL、クラフトワーク、キャバレー・ボルテールだってかけてない。こりゃいけない、早々に合宿第二弾を企画せねばなるまい。狭い離れでミチっと大音量でやろうじゃないか。ああ、もうすぐ隠居の身。こうして組み上がる「老人会」、さぞや乙に違いない。

投稿者

sanshu

1964年5月、東京は隅田川の東側ほとりに生まれる。何度か転宅するが、南下しながらいつだって隅田川の東側ほとり、現在は深川に居を構える。「四捨五入したら60歳」を機に、「今日の隠居像」を確立するべく修行を始め、2020年夏、フライングして「定年退職」を果たし白馬に念願の別宅「散種荘」を構える。ヌケがよくカッコいい「隠居」とは? 日々、書き散らしながら模索が続く。 そんな徒然をご覧くださるのであれば、トップにある「もうすぐ隠居の身」というロゴをクリックしてみてください。加えて、ホーム画面の青地に白抜き「What am I trying to be?」をクリックするとアーカイブページにも飛べます。また、公開を希望されないコメントを寄せてくださる場合、「非公開希望」とご明記ください。

文学部ドイツ語Q組+1、四人合わせて250歳の遅い夏休み件のコメント

  1. 憧れます。秀逸な文に感嘆している70才です。

    金亨培

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